【5/16 文学フリマ東京《シ09》】紙男著 『くせもの果物』
リンゴ、メロン、いちごなど、果物をテーマにした九編の短編を収録。
今回はその中の一作『真っ赤な悪魔』の冒頭の部分をお楽しみください。
『真っ赤な悪魔』
コン!
額に衝撃を受けた。
痛みはさほど強くはなかった。だが重みのあるその一撃に、俺は反射的に「イテッ!」と言葉を発し、その場所を手で押さえた。
体を起こし、周囲を見渡す。手近なところにリンゴがひとつ転がっていた。
赤く艶やかなリンゴだ。あまりに発色がいいので作り物かと思った。だが実際にもってみると、この重みと爽やかな香りから察するに、どうやら本物のようだ。
こいつが俺の安眠を妨げた犯人か。気持ちのよい夢を見ていたはずなのに、お前がいたずらに落下してきたせいで台無しだ。
俺は腹いせに勢いよくリンゴを放り投げた。リンゴは丘を転がり落ち、背の高い草むらの中へと消えた。
俺は再度手を枕にして寝転がり、目を閉じた。
今日は昼寝には最適の日だ。少々汗ばむくらいの強い日差しと冬の気配を感じさせる冷たい風がなんとも心地よい。空には小さな雲がひとつあるだけ。雨の心配はほぼないだろう。この貴重な快晴の日に、丘の上のこの木の陰でする昼寝は最高に――
ゴン!
額に衝撃を受けた。先ほどよりも強力な一撃に、俺は一瞬瞼の裏に火花が散った。
思わず飛び上がって周囲を確認する。案の定、ヤツがいた。真っ赤に色づくリンゴ野郎が。
一度ならず二度までも俺の安眠の邪魔をするか。こうなったらお前をそのあたりの岩に擦りつけて跡形もなく擦りおろして……。
俺はふと上を見た。このリンゴ、どこから落ちてきた?
どれだけ目を凝らしても、リンゴなんてひとつも実っていない。いや、そもそも実っているわけがない。何故ならこの木はリンゴの木ではなくカエデの木なのだから。
メープルシロップが滴ってくるならまだしも、どうしてリンゴが落ちてくる? 人が隠れていてリンゴを落とすなんてことも、高さがあまりないこの木ではできるはずもない。木の上に見えるのはせいぜい羊毛のクズのような雲くらいだ。
まさか、リンゴを次々に生産する雲が存在するとでも言うのだろうか。そんな馬鹿な。天文学的な確率でそんな現象が発生したと仮定しても、よりにもよって何故俺の頭上に落下してくる? 理不尽過ぎる。お前は俺に何の恨みがあるというんだ。
段々と考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。俺はリンゴをその辺に放り、場所を移動する。十数歩離れた位置にある別のカエデの木の下だ。そこに改めて昼寝をすることにしよう。
まったく、一体俺が何をしたって――
ガン!
本日三度目の衝撃が、脳天から全身に走った。
(つづく)
この作品を含む七編を《note》にて無料公開しております。
また、有料公開および文フリで頒布する冊子には、二編の書き下ろしをお楽しみいただけます。
どうぞご覧ください。
0コメント