『Wonderful Golden Week』
『Wonderful Golden Week』
モンチ03
2021年4月29日、GW初日。
「ついに……ついにこの日がきた!」
今日から始まる7連休。
会社員2年目の中島圭太はこの連休を思う存分堪能する為に、絶対に仕事を残さないと心に決め、連休前の会社の激務をヘロヘロになりながらもこなし、ようやく待ちに待ったGWを迎える事が出来た。
「やるぞやるぞ~。絶対クリアしてやるからな~」
鼻歌でも歌いそうなテンションで据え置き型ゲーム機を用意する圭太。彼はこの大型連休を利用して、楽しみにしていた新作ゲームをクリアしようと意気込んでいる。
その為の準備は万端だ。7日分の食料(カップラーメン、冷凍チャーハン等)は勿論、お菓子やジュースも大量に買い込んでいる。電気を消し、カーテンで朝日を遮って部屋の中を暗くして雰囲気を作る。
さあ始まりだ。
彼等(キャラクター)と共に、長い冒険へ繰り出そう。
わくわくドキドキしながらゲームソフトをセットし、電源をつけようとしたその時――。
――ピンポーン……と、無慈悲なインターホンの音が鳴り響いた。
「…………………………………………」
電源を入れようとしていた圭太の手がピタッと止まる。
インターホン、それは誰かしらが来訪を告げる時の合図音だ。しかし、この家に誰かが訪れる予定は無い筈だ。ならば予想されるのは新聞の勧誘か宗教の勧誘か、商品販売の営業か、考えられるのはそんなところだろう。
普段の彼ならば面倒ながらも素直に対応していただろうが、今日に限っては居留守を決め込む事にした。
何故かと言えば、嫌な予感がしたから。
このGWが丸々消えて無くなってしまいそうな、そんな最悪な予感が。
「……よし」
自分で納得したように頷くと、圭太は再び電源を入れ――、
――ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピピピピンポーーン!!!
――られなかった!!
「うるせえなぁ!!」
怒涛のインターホン連打に、無視していた圭太も我慢出来ずに立ち上がり、怒鳴りながらドッドッドッと大きな足音を立てながら玄関に向かう。
バンッと勢い良くドアを開けると、そこに居たのは満面の笑みを浮かべた――、
「あ……姉貴……」
「よっ圭太。元気してた?」
圭太の2歳上の姉である、中島夕(ゆう)菜(な)だった。
白のワンピースに、金色のベルト、茶色のハイヒール、大きめのグラサンを掛け、ピンクのショルダーバッグを掛けている姉はどこか旅行に出掛けそうな恰好をしている。いや、その予想は恐らく当たっているだろう。何故なら、夕菜の左側には大きなスーツケースがあるからだ。
突然の来訪に驚きながらも、圭太は久しぶりに会う姉に当たり障りのない話題を振る。
「おう……久しぶり。どっか旅行でも行くのか?」
「そうなのよ! これから友達と沖縄旅行!」
「沖縄……今から……そりゃいいな。楽しんで来いよ、じゃ」
GWで沖縄旅行、なんてリア充なんだ。海で勝手にウェイウェイしてくれ、俺はこれから自分の部屋でウェイウェイするから、と会話を切り上げてドアを閉めようとすると、ガンッと夕菜のハイヒールがドアに差し込まれた。
「あのー、まだ何か?」
「それがねー、ちょーーっと圭太にお願いがあるのよ」
「……」
やはりキタ! と圭太は身構える。聞くのがとても嫌だが、彼は仕方なくドアを開けて要件を尋ねた。
「一応聞くけど……何?」
「いやさー、私が沖縄旅行に行ってる間、この子達の面倒を見て欲しいのよ」
と言って、迷惑な姉は背後に隠していた三匹のペットをバーン! と見せる。
そこには、ペットバッグに入った猫と犬、鳥かごにいるインコがいた。三匹のペットを目にして圭太が顔を引き攣らせていると、夕菜は怒涛の紹介を始めてしまう。
「このイケメンな子がゴールデンレトリバーの五郎で、こっちのセクシーな子がノルウェージャンフォレストキャットのエリザベス。で、このキュートなインコちゃんがピーコよ。みんな賢くて良い子達だから、よろしくね!」
「よろしくねって……いやいや待ってくれ。突然来られても困るよ、俺にも予定があるんだからさ!」
「予定って言っても、どうせアンタはゲーム三昧でしょ?」
「う……ていうか、それなら母さん達に頼めよ、俺じゃなくて!」
「私もそうしようと思ったんだけどさ、母さん達も今日から夫婦水入らずの温泉旅行に行くらしくて、断られちゃったのよね。だから頼れるのは圭太しかいなのよ、ねっお願い!」
「そんな事言われてもな……」
「あっいけない!? もう飛行機に間に合わなくなっちゃう。このバッグに食料、世話の仕方、お金諸々入ってるからよろしく! じゃあね、お土産買ってくるから!」
「あっおい! 姉貴!」
圭太は呼び止めるが、夕菜は足を止める事なく去ってしまった。
「おい……マジかよ」
姉が居なくなった廊下を見て呆然とする圭太。昔から夕菜は傍若無人な性格で、圭太も彼女のワガママに散々付き合わされてきた。しかし彼女も働き出し、一人暮らして立派な社会人になり少しは落ち着いたと思っていたが、全然そんな事はなかったようだ。
「で……こいつ等どうすんだよ」
飼い主に置いてかれた三匹の動物達を見下ろしながら、圭太は困り果てる。身内の家族だから流石に知らんぷりは出来ないし、アパートの住人に変な目で見られる前に、部屋に上げてしまうしかないだろう。
「……はぁぁぁぁぁぁぁ」
最高のGWを送る予定だったのに、迷惑な姉の所為で前途多難なGWになりそうで、圭太は深いため息を吐いたのだった。
🐶
アパートの大家に問いかけたら、ペットを飼うのはOKだった。本当は申請書のような物を出さないといけないらしいが、事情を話してみたら一週間だけなら構わないとの事。その変わり、他のアパートの住人には迷惑をかけないようにと注意された。
「で……こいつ等はどうするか」
目の前にいる五郎とエリザベスとピーコを見て、困ったように首を傾げる。五郎とエリザベスは既にペットバッグから出していて、各々寛いでいた。普通飼われている動物は知らない場所に連れて来られると不安で落ち着かないと聞いていたが、全くそんな事は無かった。まるで我が家のようにリラックスしている。性格は飼い主に似ると言われているが、姉の豪胆なところも似てしまったのかもしれない。
反応が無いピーコは、多分寝ているんだろう。
それにしてもどうしよう……と圭太は悩む。このままでは折角のGWがペット達の世話で終わってしまう。それは嫌だなぁと思った圭太はポンッと手を叩いて、
「よし、ご飯だけ出しとけばいいか」
ナイスアイデアと言わんばかりに夕菜から預かったバッグを物色する。バッグに入っていた説明書を読みながら恐るべき速さでペット達のご飯を用意し、部屋の隅に置いておく。
ふ~と、額の汗を手の甲で拭った。
「こうしておけば勝手に食べてくれんだろ。さ、ゲームを始めるか」
これでいいだろ、と圭太はペット達の相手を放棄してゲームを始めようと今度の今度こそゲーム機の電源をつけようとする。
「何この部屋、狭くて暗くて臭くて最悪だわ」
つけようとするのだが、その時発せられた声に驚愕してピタっと指が止まる。
(え……? 何今の、なんか人の声が聞こえた気がしたんだけど)
不意に聞こえた声に恐怖を覚える。それも、なんだか大人な女性の声だった。ちょっとエロい感じの。
しかしこの部屋には圭太しか居ない。ちょっとエロい大人な女性はどこにもいない。だから気の所為だろうと再び電源を押そうとしたら、やはり背後から人の声が聞こえてくる。
「せめて部屋を明るくして、換気して欲しいわ」
「ッ!!?」
バッ! と後ろを振り向く。
「ていうか貴方、凄く冴えない男よね。夕菜の弟だって聞いてたからちょっとは期待してたのに、ガッカリよ」
ノルウェージャンフォレストキャットのエリザベスが人の言葉を発していた。
「……」
口を開けてポカーンとする圭太。これは幻聴だろうか?
今、猫が喋った気がする。
にゃおーん、というごく一般的な鳴き声ではなく、ちょっと艶めかしいというか……セレブな奥様みたいな人の言葉。
(いやいやいや、ないないない。きっと何かの間違いだろ)
首をブルブル振って否定する。まさか、猫が喋る訳ないじゃないか。単なる空耳だろう。
そう信じたかった圭太だったが、人の言葉を話せるのはエリザベスだけでは無かった。
五郎「この部屋何だか臭―い! それに何だか狭いし暗いなぁ。なあ圭太、こんなところに居ないで散歩連れてってくれよ! 散歩!」
ピーコ「クサイ! コノヘヤクサイ! ヒェ!」
「……おいおいおい、犬も鳥も喋ったぞ。どうなってんだ、俺は夢でも見てるのか? ……イテッ、夢じゃない……」
ゴールデンレトリバーの五郎が、固まる圭太の周りをぐるぐるしながらオネダリしてきてばかりか、鳥かごに入っているインコのピーコも人の言葉を喋った。
インコならワンチャン人の言葉を喋らないことも無いが、犬は絶対無理だろう。
夢でも見ているんじゃないかと思って圭太は自分の頬を抓ってみるも、現実は一切変わらなかった。
エリザベスはぶつくさ文句を垂らしているし、五郎は顔をベロベロ舐めて催促してくるし、ピーコは腹減りやがった! とかよく分からない事を叫んでいるし……。
いや待てよ、と圭太はふと我に返る。動物達の声が人語として発せられているのかそれとも勝手に認識されているのかは分からないが、まあ言っている言葉は理解出来る。であるならば、果たして一方通行ではなく圭太の言葉を動物達が理解出来るのか、平たく言えば会話出来るのか、という疑問が浮かび上がってくる。
その疑問を解消すべく、圭太は彼等に話しかけてみた。
「な……なぁエリザベス。姉貴の部屋ってここより大きいのか?」
エリザベス「なにお馬鹿な事を言ってるのかしら。夕菜の家は高級マンションよ、こんな安アパートより何倍も大きいわよ。それに華やかで、良い香りもするし」
エリザベスは通じる。それと地味で臭い安アパートで悪かったなとぼやいた。
「五郎は今何歳?」
五郎「1歳!」
五郎も通じる。それと五郎はまだ元気な子供らしい。
「ピーコは男の子? それとも女の子?」
ピーコ「メス!!!」
ピーコもギリギリ通じる。それとピーコは女の子らしい。
(うわぁ……俺動物と喋っちゃってるよ)
夢でなく現実で動物と意思疎通が出来てしまい、何がどうなっているのか戸惑う圭太。ひとまずこれからどうしよう……と考えて、もう無視して楽しみにしていたゲームを始めよう、と開き直る。人はそれを現実逃避と言う。
圭太が文字通り現実(リアル)から非現実(ゲーム)に逃避しようとするが、動物達によって阻止されてしまう。
五郎「なー圭太―散歩行こうよ散歩ー! つまんないー!」
エリザベス「私もお外に出たいわ。こんな薄暗いところにいたから陽の明かりを浴びてお昼寝がしたいわ」
ピーコ「ソト! ソトデル!」
「あのー、今から用事があるから、少し静かにしていて欲しいんだけど……」
五郎「やだ! 散歩行く!」
エリザベス「アナタの用事なんて知らないわ。いいから早く出かける準備をしなさい」
ピーコ「オマエニ! ジユウ! ナイ!」
「ああもう分かった分かりましたよ、行くから暴れないでくれ!」
圭太が動物達に頼んでみるも、彼等は全く言うことを聞かず、実力行使に打ってきた。服を噛んで引っ張ってきたり、爪で引っ掻いてきたり、ディスってきたり。このまま暴れられては堪ったもんではないので、言う通りに散歩する事にした。
(少し遊んだら疲れて大人しくなるだろ)
ぱっと行ってぱっと帰ってくればいい。それからゲームを始めよう。
ペット達が人の言葉を喋るのは今は深く考えない事にした。GW前の激務で自分が疲れてそう聞こえているだけかもしれないし。
(全く姉貴の奴……面倒な奴等を押し付けてきやがって……)
強引な姉を恨みながら、圭太は大きなため息を吐いたのだった。
続きは、文学フリマで発売予定の
『激動のゴールデンウィーク』本編をご覧ください。
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