大坪命樹

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「真景のアイロニー」内山晶生著

 小説を批判的に読むことは幾らでも出来るのだが、それは文学に対して愛が無い行為であり、僕の主義に反するのであまりしない。この小説を読んで、確かにあれこれ突っ込み処はあったのだが、総じた感想として、非常に作品性の高い面白い作品だったと言うことだ。 戦争の話が出てくるが、それが単なる反戦小説に堕さずに、介護問題も取り入れているところが、欲張りと言えば欲張りだが、それを感じさせない新しさを表現していて、しかも、資本主義社会の結果としての街の発展と自然破壊についても、同時に問題意識を投げ掛けている。その点、反戦のメッセージが薄らいでおり、すべてのテーマが中途に主張されている形になっているのだが、小説の作りとしてはとても凝っていて、芸術性の高さを感じさせる。 筋としては、祖母の語ったことは本当のことだったのか、U君の話も本当だったのか、そして小説自体ただの創作ではないか、とマトリョーシカ状のいぶかしさがある小説であり、ふつうに取るのであれば、祖母の話が認知症で狂っているのだけども、そのボケが作品として切り絵に収斂しているのが、祖母のただならぬ切なき口惜しさを感じさせ、U君の話にただの作り話では無いだけのリアリティを帯びさせている。少なくとも、祖母は兵隊から手紙を貰ったのだろうし、それがたとえストーリーとして創作されたものであったとしても、似たような状況の男女が戦時中に存在しただろうことは紛いも無い事実であり、戦争の残酷さを訴える点に於いて、非常に感慨深い作品となっているのだ。 辛すぎる記憶は作り替えられるとはいうが、この南国の島の切り絵も、そのようなものの典型だろう。よほど、祖母はその兵隊さんに憧れただろうし、そのときに本当に駆け落ちしたかっただろうけども、国家権力のためにそれが叶わなかった悲しさは、切なさを募らせてこのような切り絵に仕上がったのだろう、そういう祖母の悲恋の辛さこそが、この小説の最たるテーマなのだろうと思われる。 小説は、頭の中のものを言葉に還元して、読者に想起させる芸術と言えるのだけど、その作者のイメージする祖母の切り絵、あるいは祖母の若き日、人生、そのようなものが、非常に美しく、切なく、色鮮やかに、読み手の僕に想起された。切り絵だけを見て、この深みは味わえないだろう。切り絵の解説でもいけない。このような、むしろ切り絵の実物が見えない形の表現が、却ってその切り絵を神々しく想像させる。明瞭に見えないことを利用した、巧みな文学だと言える。 作者は、それほど歳を取ってもいないのに、このような反戦小説を書くことが出来るというのは、相当な努力だろうし素質であろう。このような平和を愛する精神が、子々孫々受け継がれることを願ってやまない。

「up down girls」日谷秋三著

 読み終わるまえから、この凝った作りの小説は、構造をみるととても作品性が秀逸で、芸術性を強く感じた。凝った作りであり、時系列が入り組んでいて、ぱっと見どの場面とどの場面が繋がっているのか、混乱してよく判らなかったりするのだが、そのように難読性を持ち合わせていながらも、文章が個性的でユニークであり、非常に味の濃い筆致であるために、読み進ませる牽引力が強く、ぐいぐいと引き込まれた。 この小説に筋というのはそんなにないようにも思うのだが、むしろこのような複雑な家族の人間関係を考えついたときに、それに付随した過去が、必然的に自然に描かれているような感じの小説であり、純文学的無プロット性というものの一種が見られるように思った。それだけ、描かれている北家の義姉妹の人間関係が、名状しがたい興味深さをもっているのであり、アカやタバに会ってみたいかと言えば、かならずしもそのような気持ちは強く起こらないのだけども、彼女たちの人生は小説としては美しいストーリーであり、しもはちかみはちの街に行ってみたいとはつゆ思えないのだけども、小説世界としては興味深げであるという、珍妙な作品であろうか。 たぶん、僕自身が是とする小説世界の美しさというものは、この作者は意識しておらず、そのためそれほど描かれている世界が煌びやかであったり情緒があったりするわけでもない。しかし、文学的に美しい「作品」であり、めずらしい骨董品くらいの面白さはあると思われる。 読者が感じやすいテーマとしては、失敗した者たちの肯定であろうか。勝ち組負け組という言い方は古い分類かもしれないが、八条の街は、あきらかに負け組であり、そのような「失敗者」の生活を描くことで、彼等を強く肯定している。そこに、作者の情熱が感じられる。 タバが、おそらく父親に売春を斡旋されたのだろう、他の男の子供を宿して腹が大きくなったとき、タバはやりきれなくなって家出をする。そのときに、アカが寄り添うことで、その赤ん坊をアカネとして育てるという、強く生きる人生を選ばせる。その赤ん坊がおそらく、あおめなのだろうが、失敗した一家の兄夫婦は、第一子が他人の子供という致命的な失敗を背負った家族であり、それでも強く生きていこうとするところが、解体されない八条マンションの工事現場を思わせて、失敗して生きていくことの辛さや厳しさを同時に想起させることに成功している。この八条マンションは、失敗は決して取り戻せないという意味の象徴的メタファーなのかもしれない。 弱者に寄り添う小説だし、それを明文化していないところが、ますますもって巧みである。たぶん、虐げられた人々がこの小説を読むと、元気づけられるだろう効果があると思われる。口ばかり偉そうなことを言うプロ作家が多いが、そのような虚栄的なものの反対として、内実が溢れている気がする。 しかし、上述のように、構造が凝りすぎているために、一見読みづらい。そのところがどうにも、大衆に受け容れられがたい点になるのではないかと懸念されもするが、読み手が小説好きであれば、おそらくウケる作品だろう。  

「三途川目玉商」三谷銀屋著。

 第三十二回文フリ東京に行けなかったので、ネット販売でこの本を買ってみた。三谷銀屋さんとは、テキレボEX2のときに知り合い、感想をやりとりした経験があるが、僕が彼の本を読むのは初めてであった。ホラー小説というものを読んだことがなく、さまざまな小説を楽しみたいという心境の今の僕には、とても魅力的な著作だった。 「右の目の海」のほうは、とても短い話で、こころも温まるような優しい話だった。ホラーなのに、情景描写がくっきりはっきりと美しく、その辺はとても楽しめた。この世とあの世の境目の三途川に対する設定が、とても人間的で面白く思えた。特に、目玉を売るというアイデアは秀逸だと思った。 「百々目鬼狩り」は、読み終わってみたら、とても設定やプロットが緻密に考えられていて、面白い作品だなと思った。葛葉や助三郎、秋保それぞれが、どのような思いでこのような惨い人生を歩き、挙げ句の果てにあやかしに成り果てたのか、そういうことがしみじみと慮られるような読後感だった。助三郎淵の六地蔵の話はとても効果的な怪談を作っていて、真実味があった。何か元ネタの伝説でもあるのかと思わせるような、もっともらしさがあった。 人があやかしになる理由が、このように惨い人生にあるならば、現代にもあやかしは多くいるわけで、あやかしは現代社会におけるなんらかの象徴なのだろうと思った。 総じて、ホラー初めての僕でも、とても楽しめた作品でした。

「孤独な恋人」大坪命樹著

 この小説は、著者大坪がみずからの新境地として、多元焦点化の技法を使い殺人をテーマに盛り込んだ力作です。空華第六号と第七号に分割掲載されました。 平成初期と平成末期の話が、章ごとに交互に語られていく凝った作りになっていますが、書き始めた当初は平成初期の方の話だけでした。それが、ラストを悩んでいたある日、大坪が湯船に浸かっていると、アルキメデス的インスピレーションが天から降りてきて、森田望一の出てくる平成後期の話を思い付きました。そのあと、ある程度出来ていた平成初期の話を、区切りの良いところでぶつ切りにして、その中にまたぶつ切りに平成末期の話を入れて出来たのが、この作品です。 多元焦点で語られる故、章ごとに語り手が代り、どの登場人物が主人公であるかは、容易に決めがたいのですが、それは読んで戴いたあとに、読者おのおのが感じることなのだと思います。 簡単な内容紹介をすると、大学生の森田望一が出生の謎を抱えながら、成人式で告白した同じ学科の佃美穂と交際を始めるが、デートを重ねるうちに、望一は祖父から出生の謎について、徐々に痛ましい事実を教えられていく。出生の謎を知った望一は、みずから背負った業とも言える因縁を、その後どのように解消していくのか、というストーリーです。 登場人物としては、このほか、平成初期の話に出てくる、佐藤護と森田ひとみがいて、佐藤護の青春時代のこころの支えだったシンガーソングライターの書いた曲が「孤独な恋人」というタイトルになっています。この歌は、カラオケボックスで、ひとみが護に歌った歌でもあります。歌詞は全文掲載してありますが、大坪の作詞のため、あまり上手いリリックではないです。それでも、雰囲気を楽しんで戴けたらと思います。 表紙デザインは、なかなか美しいイラストですが、アネモネの花のデザインだそうです。松下みずほさんに描いて戴きました。 大坪の作品の中では、よみやすい小説です。よろしければ、御一読下さい。試し読みはこちらから。 HP→http://mutoukai.ml/pieces/piece16.html Amazon→https://www.amazon.co.jp/-/dp/B07T2H6SG5/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=安価なオフセット版はこちらから。 Baseショップ→https://mutoukai2014.base.shop/items/39348363

「癲狂恋歌」大坪命樹著

 この小説は、大坪命樹が妻・藍崎万里子に結婚する前に、プレゼントとして捧げた小説です。 そのため、一応のモデルはこの二人になっていますが、かなり事実から離れた内容になっております。しかし、統合失調症の小説家志望の二人という基本的設定はおなじで、そのうえで大坪が描いた若き小説家のたまごの二人のストーリーです。 しかし、それほどドラマティックなラブロマンスではなく、むしろほのぽのした物語です。それは、大坪のほかの小説と同様ですので、御安心ください。 統合失調症の男女の恋愛ストーリーとしては、なかなか明るい出来なので、当事者の方には是非読んで戴いて、元気を出してもらいたいです。統合失調症は、けっしておしまいの病気ではない、努力しておればそのうち良いことも起るのだということを、判って貰いたいという想いが、この小説には込められております。 箕崎透は僕がモデルで、矢野露美は妻がモデルです。統合失調症の妄想幻覚についてももっとリアルに表現したかったのですが、当事者ですらこれは難しいです。とくに幻覚は支離滅裂なので、一本の文脈のうえに載せると、途端に小さく収まってしまい、恐ろしさや迫力が伝わりません。なかなか共感を持たれにくい病気であるのも、症状の辛さが客観的に述べにくい所為もあるように思われます。 この小説は、そのようなことで、僕と妻にとって特別な意味を持つので、数万を出して表紙絵を描いて貰いました。現在も原画がリビングに飾ってありますが、なかなか味があって良い感じです。イラストレーターの赤坂正敏さんには、この場を借りて御礼申し上げておきます。 僕の中では、今までの中でも指折りの出来のよさの小説です。もし、僕の代表作をあげよと言われたら、迷い無くこの一冊を選びます。大坪命樹を試したいとお考えの方には、是非お勧めの一冊です。 試し読みは、以下で出来ます。 HP→http://mutoukai.ml/pieces/piece14.html note→https://note.com/pearsword_png/n/n94e3964e848b Amazon→https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07X148T97/ref=dbs_a_def_rwt_hsch_vamf_tkin_p1_i6 安価なオフセット版はこちらから。 Baseショップ→https://mutoukai2014.base.shop/items/26309154