ゴールデンウイークの神様

   ゴールデンウイークの神様

                                      静原認

 

 二〇二一年、四月三十日。

 一人の少年と一人の男性が、酒を飲みながらすごろくをしていた。

 自身に見立てたコマを動かして架空の人生を歩み、最終的にお金をたくさんもっていた方の勝利、というありふれたルール。

「くく、くくくくく」

 本来、二人でやってもおもしろくないはずのゲーム。だが、中学生らしき少年――金剛金治(こんごうきんじ)はグラスを片手に口をゆがませていた。湧き起こる衝動を抑えきれないかのように。

「来たよ……! 僕の時代が……!」

 いつだって未来を切り開くのは、何が何でも成し遂げんとする強き意思。少年は縮小された人生の盤面に、確かな意義を見出しているというのか。

 他とは違う『赤色のマス』に自らのコマを置き、金治は宣告した。

「ゴールデンウィークにたどり着いた!! ここが幕開けだ! 今この瞬間、僕の将来は栄光に輝き続ける!」

「馬鹿が。たかだか休日のマスに止まっただけで老後が安泰するわけねぇだろうが」

 大きく頬を熟させて、しかし率直に言い返すのは、休康正(きゅうやすまさ)――金治の親戚にあたる兄貴分だ。

 高級な赤ワインでも入っていそうな丸丸しいグラス。しかし康正が飲んでいるのは金治と同じ、どこぞのコンビニで手に入れた麦酒。気泡から苦味深まる香りがしているだろうに、酔っぱらっている中ではその食い違いが逆にお気に召すのだろうか。

「ふんっ! 確かに、いつだって敵は己の中にあるね。だけど、精神的なエネルギーを外に解放する必要が無いとでも? そんなことはない! 内にも外にも強ければそれは無敵と同じなんだよ!」

「はっ! 良い子は酒を飲んじゃいけないんだよ。そして、悪い子も酒を飲んじゃいけない。……ひっく」

「明らかに話変えないでよ! 僕今ちょっと比喩的なの使って、わずかだけカッコいいこと言ってたでしょう! そしてそもそも酒を飲ませたのは康兄(やすにい)だ!」

 立ち上がって康正に指を突き付ける。麦酒がグラスから飛び出るが、金治はぬれてしまった手を気にも留めない。

「いい? 僕にとってゴールデンウイークっていうのは山より高く海より深い。神にも勝る尊ぶべき存在なんだ」

「五体投地する暇あったら寝て休めよクソガキ」

「なんで分かんないんだよ! それだけ大切な日ってことだよ!」

 ダンダンと足踏みすら始める金治。この場所が団地の三階であることは、とうに頭から抜けている。

「それにしても、何故そんなにゴールデンウイークにこだわるんだ? ガキにとっちゃ夏休みや冬休みの方が余程いいだろうに」

「ふっ、これだから素人は」

 セリフのわりに金治の目は、野外で遊ぶ少年のようにキラキラと輝きだした。

「夏休みなんて僕にとっては一円玉……いや借金! 『ロード・オブ・ヘル』とすら呼んでもいい。だって始まってから二週間は補習になるんだもん僕バカだから。その後すぐにお盆になるけど待ちかまえているのは大量の宿題さ。でも親戚とのうんぬんかんぬんで結局やる気出せなくて、最後の方でえんえん泣きながら必死に鉛筆を動かす羽目になるんだ。冬休みも似たようなものさ。補習から始まり、年末年始は疲れ切って後は宿題。クリスマスなんてどう過ごせと言うんだいっそのこと爆発しろ! それに比べてゴールデンウイークはどう? 補習がない! これが全てさ! 気圧に悩まされることもないし、僕にとっては休める至福なんだ。これ以上のものは無いよ」

 熱舌のはてに息切れしている金治。そんな彼に向けられる、康正の生暖かい笑みがあった。

「……そうか。お前の言いたいことは分かった。しかしな、夏休みも冬休みも人類にとって間違いなく必要な期間なんだぜ。お前に、そう思えるようになる画期的方法を伝授してやる」

「ふん。ご高説たれても無駄さ! ゴールデンウイークに勝るものなんて――」

 それは愛と信頼だ。

 金治の人生、その価値観から生み出された、五月初頭への確かな想い。

 故に、彼の胸中はいま、輝く金剛のごときバリアを張っている。目の前にいる康正がどのような言葉を、夏冬長期休暇の素晴らしさを吐いたとしても!! 立ち上がった康正に優しく肩を触れられて何故か憐れむような視線を向けられても!! 金治の心は乱されな――

「前もってちゃんと勉強しろ(笑)。ゴールデンウイーク大好きは逃げの口実だ (笑)」

「うるさいよ!! それができたら苦労しないよバーカバーカ!!」

 肩に置かれている康正の手がプルプルと震え出しやがったので、結局乱されまくって跳ねのける金治だった。

 そんな金治をせせら笑いながら、康正はやれやれと床に座りなおした。

「だいたいゴールデンウイークなんて、そんなにいいモノじゃない。お前も大人になれば分かる時がくるかもな……」

「ど、どういう意味だよ康兄」

「……聞きたいか? いいぜ。話してやるよ。『暗黒時代』と呼ばれる現実を、な」

 お酒を一口含んで、目を伏せる。

 なぜだろう。康正から郷愁の念というべきか、今まで生きてきて培ったものがあるからこそ出せるオーラを感じる。

 意図せず、ごくりと、金治は唾をのみ込んだ。

 後に発せられる康正の語りは……割と呂律が回っていなくて、しかしだからこそ想いがある気がした。

「端的に言おう。世の中にはゴールデンウイークに働かなきゃいけないやつがいる。表と裏、静と動。俺がどちらの側かは言わずとも分かるだろ? 体制が強化される宿泊施設の警備員。事前に上司に気を遣うシフト希望。得られたたった一日の休日。……だけどな、その僅かな至福の最中、携帯が鳴り響くんだ。『やっぱ来てくれない?』ってな」

「……康兄」

 康正がはじいたすごろくのルーレットが指すは6。ゴールデンウイークの架け橋を軽々と飛び越えていった。

「そんな顔をするな。ガキはガキらしく笑っていればいい。いま酒をあおっているこの俺が、まだ余力がある証拠なんだよ。まぁ、思考が内に入り込んじまっていることは分かっている。もっと他者を想える人間になりたかったぜ」

 それでも金治は視線を下げ、拳を握りしめた。

 知らなかった。自分が喝采をあげてベッドにへばりついている中、苦しんでいる人がいることを。……いや、不要な情報であると頭から追いやっていた。内に入り込んでしまっているのは金治の方だった。

 どうすればいい? せめて目の前で苦しんでいる金治だけは、笑っていてほしい。

 やがて、金治は唇を噛みしめつつも、ぱっと顔をあげた。

「考えたよ康兄。画期的な方法がある」

 対して、康正はふぅっと息を吐いて、頬杖をつく。

「意趣返しか? 言っておくが仕事を辞めればいい、なんて言ってくれるなよ? この黄色いシュワシュワワインが飲めなくなっちま――」

「彼女を作ってひも生活を送るんだ!!」

「……」

 文字通り『しーん』となった。静かになりすぎていっそのこと雪が降りそうだった。季節的に有り得ないこの中で、康正の口が緊急停止でぽかんとしている。金治は言いきった後で失態を自覚した。

「……あ、いや無理だこれごめんなさい。中学生の僕を、持ち前のファッションセンスで飾り付けて風俗に連行するアグレッシブさがあるのに、結局は美人さんへのアピール前に親に首根っこ捕まれて床を這いずり回るのが康兄だった。そのうえ同窓会で密かに憧れていた女の子に『康正ってあの頃頼りになったよね』って言われた時に、頭を掻きながら『ばか、そんなことねぇよ(照れ)』で誰得になる人だった。ごめんね、決して康兄のスペックは悪くないんだよ。胸にある勇気のベクトルとタイミングを間違えなければ……。康兄ってまるで、学校にある蛇口を上向きにして指で塞いじゃうみたいだよね!! 頑張ってるのにどっか飛んでっちゃうみたな。…………。ひっく」

「あからさまに酔ったふりしてんじゃねぇ!! やかましいわ!! てめぇ今日は生きて帰れると思うな!! そのごまかし口調を現実のものに変えて、ひっくひくのほっくほくに変えてやるよ!!」

 直後、めんこよろしく回転したすごろくの盤面が、ちゃぶ台をも巻き込んで、金治の頭にクリーンヒット。そのまま一升瓶をぶっこまれた。

 ……一気飲みはダメ。そして、ここは三階。

   *

 翌日。

 五月一日。

 カーテンを閉めずに飲み明かしたことで朝日が部屋へ侵入し、金治の寝ぼけた目をつつく。

 寝返りをうつとベッドの脚に激突し、ようやく覚醒へと至った。

「康兄は……そっか、ゴールデンウイークでも仕事って言ってたっけ……」

 毛布から抜け出し辺りを見渡すと、ひっくり返っているちゃぶ台が視界に入る。

ちゃぶ台の裏面――その上にはラップで包まれた卵焼き。

『鶏の結晶、次世代への預託が期限切れだったからあぶっておいた』という置手紙が用意されている。

 時間もなかっただろうに世話を焼いてくれるこの兄貴っぷり、女だったら惚れてたかなと一瞬考え、しかし二重の意味で吐きかけた。

「……しかし!! 今日はゴールデンウイークの初日の初日!! イコール!! 休期間の残量における憂鬱が1ミリも頭をよぎらない!! はっーはっはっはっはっ!!」

 刹那、金治の咆哮に呼応するように、玄関のチャイムが跳ね上がった。

(まさか康兄、忘れ物でもしたのか?)

 その金治の予想は、玄関のドアが勝手に開いた時ですら、いやだからこそ、変わらなかった。

(だよね。勝手に玄関の戸を開けるのは康兄くらいしか――)

「お邪魔するぞい、若造。威勢のいいホームシックな呼び声じゃのう。しかし、ワシは『はは』ではなく『おじいちゃん』なのでな。言ってみるがよい。『おーっじっじっじいちゃん』と。胸で受け止めるくらいはしてやらんでもないぞ」

 ……髭を胸のあたりまで伸ばしているわりに、頭の禿げてる仙人みたいなじじいが現れるのはどういうことなのだろう?

 仙人の爺は手を添えた長杖でとんっと、音を鳴らした。

「動揺する気持ちは分かる。しかし、どうか落ち着いて聞いてほしいのだ。わしはお前さんに救われに来たのじゃ」

「逆でしょ!? そこは『助けに来てくれる』んじゃないの!? そして別に僕は困ってなくてむしろゴールデンウイークで絶好調でむしろ今わけわかんない人に時間をそがれてそういう意味では困ってますどうぞぐるんと回ってお帰り下さい。ついでにゴールデンウイークもぐるんとまわってループをよろしくお願い致します!!」

「威勢と覇気があり結構。……しかし、こちらとしても聞いてもらわねば困るのじゃ。事態を放置しておくと世界の危機に関わるのでな」

「お帰り下さい」

 まったく、何をもって見ず知らずの不法侵入者に耳を貸すというのか。一般中学生の金治はこっそりスマホを手に取った。

 しかし、急に現れたこの人は本当に何者なのか。もしや自分はいつの間にか、主人公よろしく壮大な事件に巻き込まれたのだろうか。もしくはインパクト用やられ役モブとして速攻犠牲になってしまうのか。金治は『もしも』を考えて、ぶるっと自らを震わせる。

(まぁ、どちらにしてもザ・一般人である僕は逃げの一択だけど)

 たまーにやってしまう歩きスマホ(良い子はマネしないでください)で得た経験をもとに、1と1と0を入力しきり、通話ボタンに触れようとして――

「いいのかのぉ。このままだとゴールデンウイークの存在が木端微塵に吹き飛んで、永久消滅するのじゃが。要は休みが消えるのじゃが」

 ぶううん!! と、金治はスマホを窓へ投げた。思いっきり投げた。

 スマホは窓を割り外に飛んで行った。主人のために頑張っていたスマホはきっと草葉の陰で泣いてる。

「まてやこら話を聞かせろどういうことですか仙人じじい!!」



続きは、文学フリマで発売予定の
『激動のゴールデンウィーク』本編をご覧ください。

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