さかなとり 『魚怪類』アンソロジー / 文文文庫様

※こちらは無料の試し読みのレビューです


「魚怪類」テーマアンソロジー
自殺したあいつを食べて成長する神の魚。雨の街の狩人と深きものども。隕石の落下で生まれた湖の生しらすを食らう女。人類滅亡後の星の黄昏時を生きる人型海棲生物。
あらゆる生命は魚類から始まり、魚類へと還るという……闇と宇宙、いきもののぜんぶ。

すべてが理解るアンソロジーを提供します。全4作を収録した不穏な短編集。

収録作

水のない水槽で   鳥原継接

継承        空木賢一

おさかな天国の侵略 鳥原継接

海蝕の日      寒川ミサオ


 もう一匹魚を投げ与えると、あいつはタッパを片付けた。
「神様だって両親は言っていたが、違うさ。新種の生き物だ」
 あいつは私に携帯を黙って渡した。映されていた動画を再生した。

 動画はあいつが撮ったものだ。場所はこの池と同じ場所だった。周囲の木々は紅葉していたから、少なくとも半年は前だろう。画面が揺れて、池から陸に乗り上げた上体を石畳に乗せた生き物が、ぜんそく患者のような呼吸をしていた。私がさっき水面に見た生き物と少し違う。生き物には白い毛が濡れて貼り付き、小動物のような耳と黒くうるんだ目玉、ひげの生えた鼻をひくひくさせた。トドかアザラシのようだった。下半身の尾鰭が水の中で揺れ、貧弱な前足が石畳を掻いている。あいつが凍ったハツカネズミを与えていた。毛皮から伸びた触手がネズミを手から受け取り、口へ飲み込んだ。

 一時期、ラボのネズミの数があわなかった理由に合点が着く。

「魚以外を食わせるとどうなるのか調べていた」とあいつが言った。

「こいつ、食べたものの形質をコピーするのさ。両親に言われたよ。にんげんさまを、わたしたち一族はここに封印し続けているのだ、ってね。わたしたち一族は、こいつに魚を与え続けて、魚の姿に固定することで、陸にあがらないようにしているらしい。ずっとずっと昔から」

 揺れる画面に映るネズミとおたまじゃくしを合体させたみたいな生き物。合成実験に失敗した怪物を撮影したあいつの話す内容が、いまだ現実感のないB級映画に聞こえた。

「陸にあがったらどうなるの」

 尋ねると、あいつが答えた。

「さあな、地上の人間をやっつけるんじゃないか」

----「水のない水槽で」抜粋 鳥原継接----


 よだれを垂らした魚人の口ががばりと開き、何が起こったのか分からないままの子供の頭にかぶりつく。温かな血肉が口いっぱいに広がり、ぷるぷるとした脳みそと、軟骨のような頭蓋骨を噛み砕く音が奏でる至福の調べに、魚人はうっとりとする――そんな光景を幻視していた。
 だが、現実には飛びかかる瞬間に魚人の腕は根本から断ち切られ、バランスを崩した魚人は壁に勢いよく激突し、水路内部に轟音を響かせるのみであった。婆にとって、魚人の浅知恵など子供のイタズラよりも見抜くのは容易く、気付いていないフリでセラを囮にしたのだが、セラ自身は婆の後ろで真っ青な顔をしており、囮にされたことに全く気付いていなかった。気付かない方が良いこともあるだろうと婆は思う。
「――ここがクソ臭いのは分かっちゃいたが、あんたの生臭さの方がにおうんだよ。クソの方があんたの悪臭よりかはいくぶんマシってものさね」

「ええ……糞溜めの方が臭いよ……」

----「継承」抜粋 空木賢一----


 炊き立ての米のにおいに混じって、腥い潮の匂いが膨れる。
 醤油を回しかけると、赤黒い液体に濡れた魚が、ひくひくと尾を震わす。
 まだ生きているらしい。

 新鮮な証拠だ。

 町内会長とやらは、なぜ彼女にボウル一杯もの生しらすを与えるのだ。

 というかこれは生しらすなのだろうか。

 生しらすってこんなのだったろうか。

 目がないのだ。

 しらすはイワシ類の稚魚だと聞くが、目のない稚魚はなんの魚なのだろうか。それにこの魚はどちらが頭か尾かも判然としない。爪の大きさより少し長いくらいの魚体は両端どちらもすぼまって、鰭や鰓も見当たらない。なんなら、半透明の短いひもだ。S字やくの字にそれが何百匹も飯の上で身をくねらせている。

 さかな、というより粘液にまみれた細かな蠕虫の群れ……。

 ――それ以上は食欲がなくなるので考えないようにしている。

----「おさかな天国の侵略」抜粋 鳥原継接----


 書庫はあたしたちの背丈の何倍もある大きな本棚で埋め尽くされている。本棚と本棚の間には通路はおろか、わずかな隙間もなく、部屋全体に書物がびっちりと詰まっている。本は部屋の奥に行くにしたがって古くなってゆき、当然古い本ほど強力な《呪》を宿しているわけだから、奥の本棚の口を手前の本棚の背で塞ぎ、弱い呪いで強い呪いに蓋をする、ということをしている。水平方向に本が堆積し、地層のようになっているというわけだ。
 だから奥の本棚に到達するには、まずその手前の本棚の一段を空にし、背板を外し、次の本棚にアクセスする。これを繰り返し、地層にトンネルを掘っていくしかない。
 あたしが求めているのは『山川詳細 世界史 高校B 図録』と呼ばれる古典だった。一度目を通したことがあり、その時は酋長が、大陸の地図が欲しいと言っていたのだった。この本はかなり奥の地層にあったと記憶している。

----「海蝕の日」抜粋 寒川ミサオ----


特別冒頭試し読み「水のない水槽で」鳥原継接→こちら


魚って、なんだっけ……?

第一印象がこれ。

簡単に言うと主人公たちが(勝手に)遺伝子改造した魚を(勝手に)川に放流する話です。

しかも素面じゃなくて酒飲んで酔いながらやっているんです。

なんというか、酩酊感覚による全能感といえばいいんでしょうか。

げらげら笑いながら道徳をぶっ壊す快感にひたっているというか。

もちろんホラー映画みたいな遺伝子改造じゃありません。

映画だと恐竜並みに巨大化した鮫とか鰐とかが人間を襲うんですが、この作品ではただ発光するだけで人間を洗脳する毒も人間を丸呑みできるサイズ変化も人間を欺く高度な知能もありません。

ただし、もしもその魚が発光する遺伝子を引き継ぐ子孫を残せばやがて周囲一帯の魚が全部光ることになります。

彼らの動機は「おもしろそう」だから。

あくまでも快楽が先にあるんですよ。

探究心や好奇心、あるいは復讐心みたいな持続するものじゃなく、限りなく刹那的な思い付きで、たぶん彼らも酒が抜けたら自分がなぜあんなことをしたのかわからなくなると思います。

ただ、なんとなく理解できる部分もあります。

ある意味で「神」になりたかったのかもしれません。

産めよ、増えよ、地に満ちよ。

川の魚を全て自分の思い通りの形質に変えられるなら、それは生物を創造した神の行いにも等しいのではないでしょうか。

まさしく”あらゆる生命は魚類から始まり、魚類へと還るという……全てが理解るアンソロジー”ですね。

他の作品にも興味を持っていただけたなら本を買って読みましょう。



レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

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