文芸高等遊民

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紅茶とケーキ作品群 / 砂塩様

※こちらは無料の試し読みのレビューです・「私と彼の恋愛記録」(ジャンル:恋愛) ★十二年前、高校生の時に初めて付き合った彼と私。そんな私と彼の、十二年の恋愛記録。・「お気に入りの写真と貴方」(ジャンル:恋愛)★商店街の一角にある、小さな雑貨店。そのお店でみかけた、一枚の写真に彼女は釘付けになった。 そこから色んな「好き」が始まる……?・「コーヒーと小説」(ジャンル:日常ほのぼの)★小説を読むのが好きな45歳男性。そんな男性が出会った一人の男性。読書好きから意気投合となり…。・「儚恋と永遠愛」(ジャンル:恋愛)★創作サークルとしてイベントに参加した2017年・2018年に頒布した無料配布短編集7作を加筆修正したものに新作1作を収録した短編集です。どの作品も「好き」という気持ちがつまった恋愛のお話です。こちらでも作品の傾向について語らせていただきます。見ての通りジャンルは恋愛でほぼ確定していますね。恋愛小説といえば同年代の男女と相場が決まっています。書きやすいのは高校生や大学生、あるいは社会人三年目くらいでしょうか。いずれにせよ10代後半から20代前半に集中しているといっても過言ではないでしょう。それを踏まえると砂塩様の作品群はそういった王道を踏まえた恋愛小説だと言えるでしょう。また、(日常ほのぼのに分類される『コーヒーと小説』をのぞけば)主人公は女性で、女性視点で恋愛を楽しむことができます。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

長月屋作品群 / 長月瓦礫様

※こちらは無料の試し読みのレビューです【新刊】※この作品は1冊にまとめています。天井の宇宙人/百年の透明から脱色できた日【既刊】過去に郵便物を届ける配達人【旧刊】奇々怪々 ~而の章~ 試し読みの文章量が少ないので一つ一つの作品について十分に語れませんので、代わりにこれらの作品群に共通すること、長月屋様の作品の傾向について語りたいと思います。ジャンルとしてはファンタジーに近い気がします。ファンタジーの中にもいろいろありますよね。そう、ハイファンタジーとローファンタジーです。簡単に言うと・ハイファンタジー→現実世界とは全く違う異世界で超常現象が普通に存在する世界が舞台・ローファンタジー→限りなく現実に近いが超自然的要素が混在する世界が舞台長月屋様の作品はそもそも現実世界からかけ離れていることが多いのでハイファンタジーですね。ただ、ラノベにありがちな細かい設定はないように見受けられました。たとえば、『奇々怪々』ですと人間と妖怪が共存していますが、異能が戦闘行為に直接結びつく訳ではありません。某幻想殺しさんが登場するファンタジーラノベの金字塔を求める方とは相性が悪いでしょうが、最近話題の漫画である『果ての星通信』のようにファンタジーな世界観とそこに住む人々の生活を楽しみたいならおすすめですね。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

胡麻ドレッシングは裏切らない試し読みまとめ / これ様

※こちらは無料の試し読みのレビューです『柘榴と日本の電波塔』──とある作家と編集者の物語『なれるよ』──どこにでもいるような兄弟の悲劇『あの広い屋上に花束を』──一人の中学生の男の子の一年間『アディクト・イン・ザ・ダーク』──冴えない男に訪れた転機『グッドモーニング』──男が迎える朝に隠された秘密『綺麗事とか』──深夜のコインランドリーを舞台にした男女の会話劇※この中では『アディクト・イン・ザ・ダーク』だけ購入しています『柘榴と二本の電波塔』乙女ゲーム的展開……!圧倒的乙女ゲーム感……!いや、乙女ゲームなんてプレイしたことなんてないんですが。ただ、広告とかでのイメージだと凡庸な女主人公の周りに特別なイケメンたちが集まってくるんですよね。この作品では主人公は凡庸な編集者の関、売れっ子作家の三澤とそのゴーストライターの木立が主要キャラです。以前読んだ『アディクト・イン・ザ・ダーク』とは違って、生臭い闇は感じませんね。どちらかと少し青臭くて甘酸っぱい恋情とでも言いましょうか。なにせ書き出しからして強烈な純愛のオーラが垂れ流しにされていますからね。 西から吹く微風が、若葉をさざめかせている。無情から切り離された暖かな情動が、頬に触れる。世界が一瞬で切り替わる心地がした。チャコールグレーのアスファルトも、黄緑がくすんだ雑草も、底の見通せない濁った川も、目に飛び込んでくる全ての事象が、今は愛おしい。 心の奥から爪の先まで、想像もできないほど充足していき、自立することができなくなる。日盛りの惜しみない太陽光に、溶かされていくアイスクリームみたいだ。静かに、着実に崩れ、原形を留めなくなっていく。蜃気楼に隠されていく。崩壊を食い止めるかのように、ヒロトは私の背中に大きな両手を回して、強く抱き寄せてくれた。 ヒロトのにべもない優しさに包まれると、呼吸をするという当たり前が、当たり前ではなくなる。頼りがいがあるとは言えない細やかな腕と、華奢な胸板が波打つのに呼応して、私の心臓も弛緩して、鼓動を緩める。粒子のようにひらりとした髪が、顔に当たってくすぐったい。吸い上げるように私の形は元に戻り、感情の結束はより確固たるものになった。 私は生まれ変わる。きっとこの先、ヒロトが抱擁してくれる度に。何度でも。 私たちは、唇を重ね合わせた。『アディクト・イン・ザ・ダーク』を読んだときは思い出したくもない心の闇を呼び覚ますような重さがありましたが、こちらの作品は忘れかけていた思い出を見るような軽さがあります。同じ作者の作品の中でも割ととっつきやすい作品なのではないでしょうか。『なれるよ』”どこにでもいるような兄弟の悲劇”らしいですが、悲劇要素は試し読みまでだとあまり感じられませんね。兄弟は同居していますが、経済的に裕福という訳ではありません。とはいえ、その逆に貧困にあえいでいる訳でもありません。文化的で最低限の生活は保障されています。ただ、書き出しが不穏なんですよね。覚えていない。失言で辞職した大臣。震度三の小さな地震。いじめられていた同級生の名前。忘れていく。テレビの中のテロリズム。かつて観た映画の主人公。三日前の晩御飯。消えない。あの凄惨な事件。白昼夢のような一瞬の出来事。奪われた未来。ずっと。               おそらくはこの書き出しに出てきたキーワードのうちのなにかが関わってくるのでしょうが、どれもこれも”悲劇”の原因になりそうで、かえってどれが怪しいのかわかりませんね。前記の『柘榴と二本の電波塔』に比べると話は重めですが、『アディクト・イン・ザ・ダーク』などに比べると明るいです(少なくとも試し読みだけではそう感じました)。気になる方は読んでみることをおすすめしています。『あの広い屋上に花束を』いきなりの自殺宣言。理由は入学したときの自己紹介です。空気を勝手に作り変える陽キャがうまく空気になじめない陰キャをいじり倒す。ただそれだけ。世の中を見渡せば腐るほどあるような、ある意味でよくあるこの世の不条理が人間を殺すのです。ただし自殺を決意した主人公がいじめられていた訳ではありません。最低限しかしゃべれなかった主人公ではなく、緊張のせいで全てにおいて失敗した「野本」というクラスメートが陽キャに何度も何度も自己紹介のときの失敗をいじられていました。もっとも、主人公は主人公で、彼のおかげで自分のミスを小さく見せることができるからラッキーだと考えるようなやつです。まあ、あまりほめられた性格ではありません。そうでもしないと生き残れないのが学校という閉鎖的な世界であることは認めざるを得ませんが。ところで、クラスの注目は野本くんに集められたはずなのに、主人公は飛び降り自殺を図ります。 いた。アイツだ。僕がこれからすることなんて、アイツが僕にしてきたことに比べたら、ほんのちっぽけなものだ。この一年と少しが僕にとってどれだけ長かったのかをアイツは知らない。だから思い知らせるのだ。アイツが僕から奪ったもの、その大きさを。なぜ主人公が「アイツ」に憎悪を抱いているのか。スケープゴートとなった野本くんがどのように物語と関わるのか。続きが知りたければ本を買うしかないですね。『アディクト・イン・ザ・ダーク』重い、重いです。主人公は自分とは全く反対に幸せに満ちた生活を送っているはずの職場の先輩からクスリを教えられます。主人公は友人も恋人もおらず、惰性で生きているだけの男です。職場でも同僚と打ち明けることもなく、食事もコンビニで買ってきたパンですませます。クスリを知った後もそれはほとんど変わりません。クスリをキメながら自分で慰めたら布団の中にもぐりこんでそのまま惰眠を貪る……堕落と妥協と虚無だけで埋め尽くされた人生。普通の人間であれば酒やクスリを楽しんだ後は多幸感・全能感で快楽物質があふれ出るはずですが、主人公にはそれがありません。生きるに足る理由を知らず、しかし死ぬに足る理由も持たない。重いです。どうにか彼が幸せになってほしいなあと思います。というか、幸せになってくれないと読者が救われない。結末は本を買ってたしかめましょう。『グッドモーニング』なんというか……ひねくれ具合がこれさんらしいですね。いや、私もこれさんのことを語れるほど知ってはいませんが、この独特の雰囲気は他の方には出せないなにかだと思います。単純な人嫌いとは違います。かといって積極的に輪の中へ入っていくような明るさとは対極にあります。人恋しさを抱えながらも人付き合いを厭い、自分だけの世界に閉じこもるとでも言いますか……自分だけの世界も自分の理想通りではありません。苦しみに満ち満ちています。正直、勇気を出して向き合った方が楽な気もします。しかしこの物語では他人に触れるよりも自分の世界にひきこもってやると言わんばかりの執念を感じますね。『綺麗事とか』この作品は重くも軽くもありません。毒にも薬にもなりません。どちらかというと、水です。ただし、命を生かす水です。心の洗濯とでも表現するべきでしょうか。深遠なメッセージがある訳でも、軽快なギャグがある訳でもありません。目を背けたくなる真理を見せつける訳でも、目を剥くような美しさや正しさを魅せる訳でもありません。どこかにある日常を切り取った作品です。だからこそ水だと表現しました。毒にも薬にもなれずとも水がなければ人間は生きていけないのですから。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

PUNCH DRUNK NIGHT より 「未確認バズり物体」 / 舟岸南様

※こちらは無料の試し読みのレビューですジャスコ邪馬台国アンソロジー『PUNCH DRUNK NIGHT』より「未確認バズり物体」冒頭数ページ作・舟岸南【一口あらすじ】何もない田舎の田んぼに突如ミステリーサークルが出現。それを使ってひと山当てることを目論み、バズらせて観光地化しようとする役場職員と、騒動に振り回される町人たちを描いた群像劇。試し読み→こちら※残念ながら試し読みの本文が短いので語れることは少ないです。田舎の過疎化って問題になっていますよね。私も小学生の頃は田舎に住んでいたことがありますが、本当に人が全然住んでいないような田舎ではなかったです。小学校に行けばクラスメートが30人くらいいましたし、歩いていける距離にスーパーがありました。ただ、ちょっと住宅地を離れると田圃ばかりで、電車も1時間に3本というのが当然だと思っていましたね。限界集落と比べたら危機感はありませんでしたが、なんでもいいから町おこしに使いたいという行政の気持ちはなんとなく漂っていました。そういう意味ではこのお話には共感を覚えます。実際、ハコモノとかは役人が税金使って作る割には採算が合わなくてただの不良債権に陥ることもしょっちゅうですし、町おこしは住民にとってもいいことですが大局観を完全に完全に無視した取り組みはかえって町の財政を破壊しかねないんですよね。現実における町おこしを踏まえてみるとこの作品は決してフィクションとは言い切れないのではないでしょうか。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

ある日、骨壷を受け取った / under_様

※こちらは無料の試し読みのレビューです試し読み→こちらあらすじ中堅どころのIT会社に働く主人公は、保護猫の譲渡会で引き取った愛猫との二人(?)暮らし。仕事が恐ろしく忙しかったり、保護猫NPOの女性事務員にほのかな恋心を抱いていたりはするものの、総じて言えば質素で平凡な生活が続いていた。しかしある日、身寄りのないまま亡くなった遠い親戚の骨壷を受け取ることになってしまった。親戚といえども会ったことはなくほぼ赤の他人。扱いに困っていると、愛猫に遺骨の霊が乗り移ってしまい、二人の奇妙な共同生活が始まる……。主人公、あまりにも真面目過ぎる……上司の命令には逆らえない。警察に欲しくもない遺骨を押し付けられる。捨てたくても遺体遺棄罪をほのめかされて処分することもできない。いきなり現れた奇妙な同居人に文句を言っても口八丁で丸め込まれる。ここまで真面目だと生きていくのが苦手なところがかわいそうです。いや、ある意味では他人事ではありません。もしも自分が将来会社で働いたら、上司がクソだったら、警察に脅されたら……この主人公ほどのお人好しでなくともそういう無理難題をうまいこと回避するのは相当難しいと思います。そういう意味では主人公に感情移入しやすいのではないでしょうか。試し読みの最後でようやく主人公は報われますが、そこに至るまでは徹底的に主人公に不幸が襲い掛かります。それはある意味で善人が報われるとは限らないということですが、だからこそ無理して”いい子”になる必要なんかないのです。以下、本文を一部引用 でもよ、俺たちが街の片隅で熱にうなされようと、血を吐こうと、自分自身や他人を憎もうと、そもそも俺たちが居ようが居まいが、世界は何事もなく回っていくんだよな、悔しいけど。 だからもっと、気楽に生きりゃいいんだ。何もかも忘れて。何もかも諦めて。頑張り屋さんにこそ読んでほしい作品です。常に100%なんか目指さないで普段は70%でたまに本気を出すくらいがちょうどいいんじゃないでしょうか。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

さかなとり 『魚怪類』アンソロジー / 文文文庫様

※こちらは無料の試し読みのレビューです「魚怪類」テーマアンソロジー自殺したあいつを食べて成長する神の魚。雨の街の狩人と深きものども。隕石の落下で生まれた湖の生しらすを食らう女。人類滅亡後の星の黄昏時を生きる人型海棲生物。あらゆる生命は魚類から始まり、魚類へと還るという……闇と宇宙、いきもののぜんぶ。すべてが理解るアンソロジーを提供します。全4作を収録した不穏な短編集。収録作水のない水槽で   鳥原継接継承        空木賢一おさかな天国の侵略 鳥原継接海蝕の日      寒川ミサオ もう一匹魚を投げ与えると、あいつはタッパを片付けた。「神様だって両親は言っていたが、違うさ。新種の生き物だ」 あいつは私に携帯を黙って渡した。映されていた動画を再生した。 動画はあいつが撮ったものだ。場所はこの池と同じ場所だった。周囲の木々は紅葉していたから、少なくとも半年は前だろう。画面が揺れて、池から陸に乗り上げた上体を石畳に乗せた生き物が、ぜんそく患者のような呼吸をしていた。私がさっき水面に見た生き物と少し違う。生き物には白い毛が濡れて貼り付き、小動物のような耳と黒くうるんだ目玉、ひげの生えた鼻をひくひくさせた。トドかアザラシのようだった。下半身の尾鰭が水の中で揺れ、貧弱な前足が石畳を掻いている。あいつが凍ったハツカネズミを与えていた。毛皮から伸びた触手がネズミを手から受け取り、口へ飲み込んだ。 一時期、ラボのネズミの数があわなかった理由に合点が着く。「魚以外を食わせるとどうなるのか調べていた」とあいつが言った。「こいつ、食べたものの形質をコピーするのさ。両親に言われたよ。にんげんさまを、わたしたち一族はここに封印し続けているのだ、ってね。わたしたち一族は、こいつに魚を与え続けて、魚の姿に固定することで、陸にあがらないようにしているらしい。ずっとずっと昔から」 揺れる画面に映るネズミとおたまじゃくしを合体させたみたいな生き物。合成実験に失敗した怪物を撮影したあいつの話す内容が、いまだ現実感のないB級映画に聞こえた。「陸にあがったらどうなるの」 尋ねると、あいつが答えた。「さあな、地上の人間をやっつけるんじゃないか」----「水のない水槽で」抜粋 鳥原継接---- よだれを垂らした魚人の口ががばりと開き、何が起こったのか分からないままの子供の頭にかぶりつく。温かな血肉が口いっぱいに広がり、ぷるぷるとした脳みそと、軟骨のような頭蓋骨を噛み砕く音が奏でる至福の調べに、魚人はうっとりとする――そんな光景を幻視していた。 だが、現実には飛びかかる瞬間に魚人の腕は根本から断ち切られ、バランスを崩した魚人は壁に勢いよく激突し、水路内部に轟音を響かせるのみであった。婆にとって、魚人の浅知恵など子供のイタズラよりも見抜くのは容易く、気付いていないフリでセラを囮にしたのだが、セラ自身は婆の後ろで真っ青な顔をしており、囮にされたことに全く気付いていなかった。気付かない方が良いこともあるだろうと婆は思う。「――ここがクソ臭いのは分かっちゃいたが、あんたの生臭さの方がにおうんだよ。クソの方があんたの悪臭よりかはいくぶんマシってものさね」「ええ……糞溜めの方が臭いよ……」----「継承」抜粋 空木賢一---- 炊き立ての米のにおいに混じって、腥い潮の匂いが膨れる。 醤油を回しかけると、赤黒い液体に濡れた魚が、ひくひくと尾を震わす。 まだ生きているらしい。 新鮮な証拠だ。 町内会長とやらは、なぜ彼女にボウル一杯もの生しらすを与えるのだ。 というかこれは生しらすなのだろうか。 生しらすってこんなのだったろうか。 目がないのだ。 しらすはイワシ類の稚魚だと聞くが、目のない稚魚はなんの魚なのだろうか。それにこの魚はどちらが頭か尾かも判然としない。爪の大きさより少し長いくらいの魚体は両端どちらもすぼまって、鰭や鰓も見当たらない。なんなら、半透明の短いひもだ。S字やくの字にそれが何百匹も飯の上で身をくねらせている。 さかな、というより粘液にまみれた細かな蠕虫の群れ……。 ――それ以上は食欲がなくなるので考えないようにしている。----「おさかな天国の侵略」抜粋 鳥原継接---- 書庫はあたしたちの背丈の何倍もある大きな本棚で埋め尽くされている。本棚と本棚の間には通路はおろか、わずかな隙間もなく、部屋全体に書物がびっちりと詰まっている。本は部屋の奥に行くにしたがって古くなってゆき、当然古い本ほど強力な《呪》を宿しているわけだから、奥の本棚の口を手前の本棚の背で塞ぎ、弱い呪いで強い呪いに蓋をする、ということをしている。水平方向に本が堆積し、地層のようになっているというわけだ。 だから奥の本棚に到達するには、まずその手前の本棚の一段を空にし、背板を外し、次の本棚にアクセスする。これを繰り返し、地層にトンネルを掘っていくしかない。 あたしが求めているのは『山川詳細 世界史 高校B 図録』と呼ばれる古典だった。一度目を通したことがあり、その時は酋長が、大陸の地図が欲しいと言っていたのだった。この本はかなり奥の地層にあったと記憶している。----「海蝕の日」抜粋 寒川ミサオ----特別冒頭試し読み「水のない水槽で」鳥原継接→こちら魚って、なんだっけ……?第一印象がこれ。簡単に言うと主人公たちが(勝手に)遺伝子改造した魚を(勝手に)川に放流する話です。しかも素面じゃなくて酒飲んで酔いながらやっているんです。なんというか、酩酊感覚による全能感といえばいいんでしょうか。げらげら笑いながら道徳をぶっ壊す快感にひたっているというか。もちろんホラー映画みたいな遺伝子改造じゃありません。映画だと恐竜並みに巨大化した鮫とか鰐とかが人間を襲うんですが、この作品ではただ発光するだけで人間を洗脳する毒も人間を丸呑みできるサイズ変化も人間を欺く高度な知能もありません。ただし、もしもその魚が発光する遺伝子を引き継ぐ子孫を残せばやがて周囲一帯の魚が全部光ることになります。彼らの動機は「おもしろそう」だから。あくまでも快楽が先にあるんですよ。探究心や好奇心、あるいは復讐心みたいな持続するものじゃなく、限りなく刹那的な思い付きで、たぶん彼らも酒が抜けたら自分がなぜあんなことをしたのかわからなくなると思います。ただ、なんとなく理解できる部分もあります。ある意味で「神」になりたかったのかもしれません。産めよ、増えよ、地に満ちよ。川の魚を全て自分の思い通りの形質に変えられるなら、それは生物を創造した神の行いにも等しいのではないでしょうか。まさしく”あらゆる生命は魚類から始まり、魚類へと還るという……全てが理解るアンソロジー”ですね。他の作品にも興味を持っていただけたなら本を買って読みましょう。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

読む#ヤクブーツはやめろ 『薬物』アンソロジー / 文文文庫様

※こちらは無料の試し読みのレビューです文文文庫アンソロジー『薬物』テーマクスリ・ドラッグを縛りに書かれた短編小説を三本収録。SF百合ックス暗黒神話…老紳士からクスリを買う鐘守りの娘…大麻で結ばれた少女たちの巨大感情関係…。胡乱な話が含有されて、お得な一冊になっています。目次「産地によって成熟時期に差があり」鳥原継接「カプセル・シュガー」空木賢一「とにかく明るいラリ村」寒川ミサオ成宮葉月は、魚の鮭が好きだ。オスメス混じって気が狂ったように一斉に川の上流へ遡ると、メスは大量の我が子をゴミみたいにひねり出して、それにぶっかけようとオスの放出された精子で川が真っ白に染まるのをテレビで見たのだ。あのバカみたいな大口を開けたまま卵と精子に全身まみれて、バカみたいに死んでクマに雑に食われたりする大群になぜか強い親近感を葉月は持っていた。奥歯に挟まれて『天使の卵』は魚卵じみてつぶれた。予期した生臭さは一切なく、ほのかに苦かった。葉月は自分の裸の胸元にタピオカドリンクを少しづつひっくり返した。流れたカルーアミルクに誘われた芽衣子が下腹部からあがってきて、舌先で葉月の上に乗った赤い卵を舐めとり、パンくずを啄む小鳥みたいに唇の先でキスをしながら、葉月は舌に乗せた卵を芽衣子の舌と一緒に甘噛みする。潰れた卵から漏れたドロリとした液体は喉を下り、舌から喉が痺れ、気管がせばまり呼吸が苦しくなる。ーーーーーー産地によって成熟時期に差があり」鳥原継接町の外から商隊の馬車が連なって走ってくるのも見えた。そういったものを見るたびに、みんな鐘守より楽しそうだなと羨ましくて仕方がなかったけど、今の私にはカプセルがある。そう思うと、何だか笑えてきてしまった。包み焼きを手早く食べ終わると、お待ちかねの紙袋を開ける。1、2と数えると、間違いなく十粒ある。流行りものだと分かっていたら、もう少し買っておいたのに。ちょっとだけ後悔。さっそく一粒口の中に入れてみる。コロコロと舌の上で転がすと、なるほど確かにほんのり甘い。何か果物のような味にも思えるし、ただの砂糖のような甘さにも思える。なんだか不思議な味だ。我慢できなくなり、思わず歯で噛み砕いてしまう。中に何か入っていたみたいで、じんわりと蜜が溶け出してきたような甘さが広がってくる。さっきよりも格段に美味しくて、涎がたちまちあふれ出てきたせいで、思わずごくりと飲み込んでしまった。ーーーーーー「カプセル・シュガー」空木賢一安村は唐突にベッドから飛び上がる。そしてベッドの下から大麻草でパンパンになったスーパーの袋をいくつか引っ張り出して、まるで修学旅行の枕投げでもするみたいにあたしに向かってポンポン投げてくる。あたしが手で払いのけた袋の一つが破けて部屋の中で大麻草が散り散りになって舞う。エアコンの送風にさらわれた濃密な草いきれが部屋いっぱいに広がって、目眩に襲われたあたしはベッドで横になり、跳び上がって上からダイブしてくる安村の細すぎる体をウッ、、、と抱きとめる。安村はあたしに馬乗りになって冷蔵庫から出してきたビールを自分で一口だけ含み、後は全部あたしの胸にぶっかける。あたしの口に指を突っ込んで強引に広げ、缶に残ったビールを全部流し込んでくる。(中略)安村は冷蔵庫からビールをもう二、三本出してきて机の上に並べて指でなぞる。そのうち一本を開けて一気に飲み干そうとして、でも出来てなくてむせ上がり、カーペットに酒をぼたぼたこぼしながら、濡れた頰を手首で拭って言う。早く死んじゃいたい、と。どうにかなっちゃいそう。ーーーーーー「とにかく明るいラリ村」寒川ミサオ特別試し読み『産地によって成熟時期に差があり』鳥原継接→こちら主人公は女子大生。Not処女。サークルで紹介された『天使の卵』と呼ばれるクスリは赤くて丸いグミみたいな粒粒でした。そしてサークルの中でクスリが流行しており、酒とクスリの力でサークルメンバーは男女問わず半裸で情欲におぼれています。そして主人公「葉月」の相手は「芽衣子」という帰国子女。当然のように芽衣子も深酒でべろべろに酔いながら行為に及びます。プラトニックどころかずぶずぶの肉体関係による愛ですね。清純・清楚が好きな方には合わないでしょうが、そもそもお題が薬物というだけあって純粋な方には向かないでしょう。逆に大人の汚さ、快楽の味、堕落してゆく快感、理性と倫理の脆さといったダークなものがお好きな方には刺さると思いますよ。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

国道百合線 『旅と百合』アンソロジー (文文文庫様)

※こちらは無料の試し読みのレビューです文文文庫「旅と百合」テーマアンソロジー「国道百合線」寒川ミサオ・空木賢一・鳥原継接の短編が19種類。今まで以上のボリューム感。少女が旅をする。百合をする。バットで、忍者で、アフガンで、札束をばらまいて、ホラー?SF?純文学?旅する百合する短編集。収録作「すっきりサヨナラホームラン」鳥原継接「明日のキミと会うために 」空木賢一「ゴールデン・デイズ 」寒川ミサオ「レンタント、九州へ行く 」鳥原継接「URKEEN-①南国編」寒川ミサオ「URKEEN-②瀬戸内編 」寒川ミサオ「URKEEN-③大阪編」寒川ミサオ「寧々と、籐子と、柳次郎の恋。」空木賢一「エコーロケーション 」寒川ミサオ「ニコ」鳥原継接「カエルの姫さま」空木賢一「ラジオガールゴーゴー」寒川ミサオ「レンタント、地獄のアフガンへ行く」鳥原継接「エルちゃんのお隣事情」空木賢一「好きなひとのはなし」空木賢一「観賞魚の窒息法」寒川ミサオ「URKEEN-④東京編」寒川ミサオ「URKEEN-⑤霊山編 」寒川ミサオ「RENTanTo、怒りのデスロード」鳥原継接試し読み「すっきりサヨナラホームラン」鳥原継接→こちら百合ですよ、皆さん!もちろん世の中には百合が嫌いな方もいらっしゃると思いますが、百合が好きな方は多いのではないでしょうか。私も百合小説を書こうとしたのですが、結局着地地点を明確にイメージできなかったので4万文字書いたところで頓挫してしまいました。当たり前といえば当たり前ですが、意外と難しいんですよね。さて、「すっきりサヨナラホームラン」について語ると”ちょっと生臭い”です。ピュアな百合ではなく、肉体関係ありですので。磯臭い田舎に住む主人公は「大将」とあだ名されるくらい普段は豪胆なふりをしているのですが、実のところ豪胆さとは真逆の初心さを秘めています。そして主人公が憧れるヒロイン「チユ」は成績優秀で、きっとこんな田舎では都市で素敵なキャンパスライフを送るのだろうと思っていました。ところでその田舎には「バッティングセンター」と呼ばれる小屋がありました。要するに、「棒」と「玉」で遊ぶところです。主人公が好奇心でバッティングセンターに立ち寄るとそこには憧れのチユがいました。しかもチユは肌をさらしながらこちらを手招きしたのです。そしてそのまま……自分に対して劣等感を持ちながら自分以上の存在に憧れる主人公が自分とは別世界にいるはずのヒロインと肌を重ねる。女同士という背徳感と、憧れの人と致す喜び、意識があやふやになる非現実感……プラトニックな愛もいいですが、こういう肉欲が混ざった愛もまた乙なものでございます。ごっつぁんです。続きが気になる方は買いましょう。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)

けだものフレンズ 『暴力』アンソロジー (文文文庫様)

※こちらは無料の試し読みのレビューです「暴力」とは何かをネクラに考えた3人の短編集は、結局テーマもなにやらあらぬ方向へ……。480人のアイドル、思考するワンボックスカー、お料理教室へ通う殺し屋、ブリーフ中年男性を拷問する小学生……胡乱な作品を全11作を収録したお得な短編集!リジン       寒川ミサオそこの底の怪獣たち 鳥原継接わたしの大好きなお父さん 空木賢一リバーシブル・ランドスケープ 寒川ミサオアイドルばかり聴かせないで  鳥原継接アイドルの夢跡        空木賢一サナブリされるキラー・ジム  寒川ミサオアンダーの彼方へ       鳥原継接ワンボックス・バイオレンス  空木賢一優しさに包まれて       もきね(ゲスト)ブラックベルトの遠心     寒川ミサオトイズ       鳥原継接 二足歩行で、鈍重とした恐竜のような形だった。 怪獣のまわりには、ハエのようにヘリコプターが飛んでいた。 みるからに怪獣だ。あの音は夢じゃなく、怪獣の現れた音だったんだなあ。 怪獣は現れて五分ばかりうろうろ歩き回ったあと、すぐにネジの切れたように止まってしまったらしい。その少しばかりの破壊で、住宅は十数件と商用ビル一棟が壊されて、十一人が重軽傷を負って老人四人と子供一人が瓦礫に潰されて亡くなった。と夕方、サヨリの病室のテレビで夫の買ってきた弁当を食べながら見たニュースは伝えた。(中略) いろいろなセンサーの取り付けられた四歳の娘の胸が小さく上下している。どんな夢をみているのか、そもそもその頭で夢を見ているのか。夢も見れていないのだとしたら、きっと退屈だろうな。 君が眠っている間に、たいへんなことが起きているよ。 と、娘のへこんでしまった頭にそっと触れた。----「そこの底の怪獣」抜粋 鳥原継接---- 処刑というのはあたしたち『ぐるぐるシスターズ』がVR上で仕切っているイベントだった。あたしたちを含めた多くのアカウントがVR空間に集まり、その中心であたしたちがリスナーたちの3Dモデルの頭と股間をピンク色の斧で潰していくのだった。斧を振るう時に「ぱいーん☆」と声を掛けるのが通例で、その声と同時に3Dモデルの四角い頭と腰が砕け散り、二頭身の身体の胴体だけが残る。それ見届けるリスナーたちは熱狂の渦を生むのだった。 そこに現実の死はなかった。 処刑された3Dモデルの持ち主は自動的にログアウトし、世界の外側からあたしたちの行動にコメントをつける。気持ちがいいと言う。自分が本当に処刑されたかのようなショックがあり、首筋にしびれを訴えながらもリピートを求める者たちが多かった。(中略) 滝沢昭信は四つん這いになり、あたしたちがその前後に立った。「オンフ、はや、あ、h、フスー、早く、殺してほしいで、ござう」「せーのでいくかんね」 マドカはただ首を縦に降る。「「「ぱいーん☆」」」----「リバーシブル・ランドスケープ」抜粋 寒川ミサオ---- やれやれ、きみの排気ガスは全くヘドロのようだね。 なんだてめえコラァ! 喧嘩売ってんのか! ……まったく、品性が無いワンボックスはこれだから。早く私の主人に道を空け給えよ。それがきみのできる唯一の善き行いだと、どうして分からないのかね。 はっ、お高く止まっているようだが、アンタだって所詮は最新型でない型落ちよ。俺のような何十年と愛されているやつから言わせれば、てめーらはぽっと出てぱっと消える、花火みてえな流行りモノに過ぎねえのさ! き、貴様! 言わせておけば!----「ワンボックス・バイオレンス」抜粋 空木賢一----特別試し読み「アンダーの彼方へ」鳥原継接→こちら"あの夏、ぼくたちはカブと遊ぶことに夢中だった。"主人公の「ぼく」と幼馴染の「マヤちゃん」、それから「カブ」。三人は秘密基地で遊ぶことを繰り返していました。秘密基地とは去年の夏に森のなかに見つけたプレハブ小屋で、古ぼけたひじ掛け椅子や机もあり、スケッチブックや双眼鏡を持ち込みんで棚に虫籠を並べて捕まえた虫を飼っていました。さて、登場人物について言及すると「ぼく」と「マヤちゃん」の家庭は裕福そのものですが、「カブ」についてはほとんど説明されていません。「カブ」という名前はおおよそ人間らしくありません。どちらかというとペットのような名前です。「カブ」とは何者なのか。試し読みには”カブの白いブリーフ姿””ぼくたちが基地に入ると、カブは部屋の隅で丸く膝を抱えていた。”と描写されています。膝を抱えていたということは人間だと思いますが、同じ人間だとしてもぼくやマヤちゃんからどういう扱いを受けているかという疑問が生まれます。ぼくとマヤちゃんはカブに対して「ネイル遊び」をすると言っています。本当に遊びなのでしょうか。カブも楽しめるような明るいものなのでしょうか。『暴力』アンソロジーということで、嫌な予感しかしません。ですが、試し読み部分だけではこの疑問を解決することはできません。この先は本を買って読むしかないということでしょう。レビュワー:キタイハズレ(文芸高等遊民所属・サイトオーナー)